慢性甲状腺炎(Chronic thyroiditis)
慢性甲状腺炎は自己免疫性甲状腺疾患で、橋本病とも呼ばれ、臓器特異的な自己免疫疾患の なかで最も頻度の高い疾患である。
抗原はサイログロブリン(Tg)と甲状腺ペルオキシダーゼ (thyroid peroxidase: TPO)であることが知られており、これらに対する自己抗体の存在の証明は後述する橋本病の診断にきわめて有用である。病理学的には甲状腺内へのリンパ球浸潤により甲状腺濾胞上皮の萎縮や変性、濾胞構造の破壊、リンパ濾胞の形成間質の線維化が特徴的な所見である.
また橋本病の甲状腺は、触診で硬く、びまん性に腫大していることが典型的であるが、発症初期では抗サイログロブリン抗体 (TgAb) や抗 TPO 抗体 (TPOAb) のみとなり、触診上は硬くないことや, びまん性腫大を認めず正常状態に近い症例もある。
高度に甲状腺濾胞細胞の萎縮変性や濾胞構造の破壊が認められるようになると、最終的に甲状腺ホルモンが低下し、甲状腺機能低下症を呈すると考えられている。
臨床診断
臨床所見ではびまん性甲状腺腫を呈するバセドウ病を除外する必要がある。典型的な橋本病では、硬くそして表面は不整で凸凹に触知するため、一般に軟らかく触知するバセドウ病とは異なる。
また、多様な病態を呈する橋本病は典型的な触診所見を認めないことがあるため、他の臨床所見も重要である。橋本病では病態の進行により甲状腺ホルモンの低下を呈するため、易疲労感、寒がり、発汗減少、便秘、脱毛などの甲状腺機能低下症状が出現する。
検査所見においては、抗甲状腺自己抗体(TgAbあるいはTPOAb)が陽性であることは非常に重要な位置づけとなっている。
超音波診断
甲状腺超音波検査は、CTやMRIなどに比べ甲状腺内部の状況を詳細に観察することが可能であり、画像診断において最も有用な検査である。
特徴的な超音波像
- 辺縁が鈍化し表面が凹凸で分葉状構造を反映
- びまん性に腫大
- 内部エコーレベルがびまん性に低下し粗雑、エコーも不均質なことが多い。
しかし、病態と同様に橋本病の超音波像は多彩であり、すべての特徴を兼ね備えているわけではないため、超音波診断には注意を要する。
早期の本病や抗甲状腺自己抗体低力価の橋本病では、特徴的な所見に乏しいことがあるが、 内部エコーの低下はリンパ球浸潤, 濾胞構造の破壊、間質の線維化などの病理学的変化が内部エコーレベルの低下として描出され病態の進行に伴って不均質さが顕著となってくる。
典型的な超音波像は抗甲状腺自己抗体が高力価であったり甲状腺機能低下症例や甲状腺ホルモン補充量の多い病態の進行した橋本病症例で観察されることが多い。
また、内部が分葉状構造を呈してきたり斑状に内部エコーレベルの低下が認められていた際には、腫瘍との鑑別が必要となることがある。
末期の橋本病ではリンパ球浸潤, 濾胞構造の破壊間質の線維化などの病理学的変化が著明となるとともに、甲状腺が萎縮してくることがある。その場合は、高度の甲状腺機能低下症となっていることが多いため、一層の注意を要する。また甲状腺ホルモン補充療法を受けた患者では、甲状腺は高度に萎縮してくることも多い。
多彩な超音波断層像を呈する橋本病であるが、甲状腺の局所のみに低エコーや高エコーの結節様所見を認めることがある。低エコー領域は病理学的にも局所的なリンパ球浸潤などを反映しているものと考えられ、甲状腺機能としては正常であることがほとんどである。一方、甲状腺全体が橋本病により低エコーとなっている症例において、一部に高エコー結節状超音波所見を呈する場合がある。これは”white knight”とよばれ、橋本病における再生結節と考えられており、細胞診を要しない良性所見とされている。
橋本病では頸動脈や傍気管リンパ節などの甲状腺周囲のリンパ節腫大がしばしば認められ、多くは扁平な形状で小さく、リンパ節内部に血流所見を認めない。このような甲状腺周囲のリンパ節腫大を伴う橋本病は、病態的にも超音波所見的にも比較的進行していることが多い。
橋本病における血流の程度は甲状腺機能状態、特に甲状腺刺激ホルモン(TSH)と相関する。 一般にTSHは血管内皮細胞増殖因子(VEGF)を増加させることが知られており、橋本病の病態が進行し甲状腺機能低下状態に陥ることによりTSHが高値となり、甲状腺内の血流が増加する。バセドウ病の血流所見と類似するため鑑別を要する。
一方、早期の橋本病で超音波像も乏しい症例や、甲状腺機能低下症に対する甲状腺ホルモン補 充により正常甲状腺機能となりTSH値が正常化しているような症例では、ドプラ法で血流はほぼ認めないか、乏しいことが多い。ただし、橋本病の末期では甲状腺組織が著しく荒廃しているため、甲状腺機能低下によりTSHの高値を認めても血流は乏しいことが多いので注意を要する。
超音波における鑑別診断
1) 萎縮性甲状腺炎、特発性粘液水腫
原発性甲状腺機能低下症を呈し甲状腺を触知しないものは萎縮性甲状腺炎と呼ばれる。橋本病の末期の病態とも考えられている。また、皮下や間質にグリコサミノグリカンが沈着し、 非圧痕性浮腫(non-pitting edema)を生じる原発性甲状腺機能低下症の原因が不明のものを特発性粘液水腫と呼び、10%程度に阻害型抗TSH 受容体抗体が存在する。超音波像は、多くの場合著しい萎縮を認める。
2) 悪性リンパ腫
甲状腺悪性リンパ腫は基礎疾患として橋本病が存在していることがほとんどで、橋本病の経過で最も注意すべき合併症の1つである。橋本病の経過中に急激な甲状腺腫大をきたした場合は念頭に置くべき疾患である。
3) 無痛性甲状腺炎
甲状腺破壊により一過性の甲状腺中毒症を認め、甲状腺部に痛みを有しないものを無痛性甲状腺炎という橋 本病を背景として惹起されることが多い。
4) バセドウ病
びまん性甲状腺腫大を認める疾患のうちで、超音波像において橋本病と鑑別する必要がある疾患にバセドウ病 がある。TSHの著明高値を呈している橋本病では、カラードプラ像がバセドウ病と類似する。臨床症状や甲状腺機能検査にて鑑別できる。
5) 単純性甲状腺腫
びまん性甲状腺腫を認めるが、甲状腺は硬くなく、正常甲状腺機能で抗甲状腺自己抗体が陰性であれば,単純性甲状腺腫と診断する。超音波像ではびまん性甲状腺腫大を認めるが腫瘍はなく、内部エコーの異常所見を認めず、甲状腺表面の凹凸を認めない。
6) 結節性甲状腺腫
橋本病で分葉状構造が強い症例や片葉性にのみ腫大所見を認める症例では, 結節性甲状腺腫と鑑別が必要である。
7) アミロイドーシス
アミロイドーシスではアミロイドの甲状腺への沈着により甲状腺機能低下症となることがある。超音波像では甲状腺は正常から軽度腫大を呈する。甲状腺へのアミロイドの沈着の程度が大きければ甲状腺機能は低下し、超音波像における内部エコーは低エコーへ変化する。また、一方でアミロイドーシスは亜急性甲状腺炎に類似した臨床経過を呈することがあり、 亜急性甲状腺炎様症候群と呼ばれている。
慢性甲状腺炎(橋本病)の診断ガイドライン
a)臨床所見
1.びまん性甲状腺腫大(萎縮の場合もある)
但しバセドウ病など他の原因が認められないもの
b)検査所見
- 抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO抗体)陽性
- 抗サイログロブリン抗体陽性
- 細胞診でリンパ球浸潤を認める
1)慢性甲状腺炎(橋本病)
a)およびb)の1つ以上を有するもの
【付記】
- 阻害型抗TSH-R抗体などにより萎縮性になることがある。
- 他の原因が認められない原発性甲状腺機能低下症は慢性甲状腺炎(橋本病)の疑いとする。
- 甲状腺機能異常も甲状腺腫大も認めないが抗TPO抗体または抗サイログロブリン抗体陽性の場合は慢性甲状腺炎(橋本病)の疑いとする。
- 自己抗体陽性の甲状腺腫瘍は慢性甲状腺炎(橋本病)の疑いと腫瘍の合併と考える。
- 甲状腺超音波検査で内部エコー低下や不均質を認めるものは慢性甲状腺炎(橋本病)の可能性が強い。
甲状腺超音波診断ガイドブックを主に参考にして勉強して作成しました。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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